日和見主義

いいお日和で、とご挨拶を交わすためには、陽射しがほしいです。

季節が冬に変わるきっかけのように、雨が降るかのような空の下、元気に働きます。

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 犬は、気配を感じる天才です。私が、手元の携帯に手を伸ばした時の、かすかな音。

その瞬間、散歩のスイッチがオンになります。パソコンから流れる音楽が止んだり、

「さてと」と、ソファから腰を上げた、その寸前にも。

 人が動き出す前の、空気を読む感覚を持っています。人の方も、動く前に、アタマが

先に指令を出しているようなので、その信号をも読み取って、スイッチを入れるようでした。

 そんな犬も、歩けば他の犬をよそ見して、電信柱に当たる。

その場合は、感覚が抜けているのでしょうか。野性の場にいたら、真っ先に食べられて

いることでしょう。毎日が「いいお日和」の、平和な犬。ほんとに「いいお日和で。」

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すこしずつの更新

すっきりとしない空を見上げながら、週末まで現場へ出かけていきます。

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 自営業者をしていると、おのずと周りを見るようになってきました。

事業を始めた当初は、積極的というよりは、成り行きで、動き出したことで、

狭い範囲の目の前しか見えていませんでした。それも、どちらかというと

足元に視線を落としつつという毎日。もちろん、気持ちは前を見据えつつ、

でも空回りしてもがいている日々。思えば、ラッセル車が、雪を後ろに

吹き飛ばしながら、ひたすら進んでいくだけのような季節でした。

 さて、時は経ち、力の配分を覚えて、いい意味で脱力して、働いている今日この頃。

ここぞという時に、力を出すために、毎日のことをこなすには、自分の持っているものの

出し惜しみだけはしないように、と思っています。

 人から、求められてこその仕事は、すこしずつ、すこしずつ、の更新が要りました。

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栗の木の床

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日本の家は、日本の木で。無垢の木のフローリングの清々しさは、日本の木だからこそ

と思っています。そんな私たちのオススメは、栗の木の床。植物性のオイルを丁寧に

ふき取り、しっとりとした味わいになります。洋風にも和風にも合うのでした。

 栗の木はなかなか太いものがありません。栗の木は枕木に使われるほど、耐久性があり

土台にも適しています。写真のものは、小林三之助商店さんの製品です。

フィンガージョイントで、土台をとった、廻りの部分を残らず使ってフローリングにします。

巾が狭く、長さもばらばらですが、無駄なく繋げて(乱尺らんじゃくといいます)作ったもの。

 栗の木の風合いを知ると、他の木より、不思議な魅力があるように思えて。

縄文の時代から、身の周りに植えていたから、かつては身近にあったものです。

 秋の栗ご飯、この床の上で味わうのも、いいと思います。ぜひ!

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季節型労働のススメ

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 すこしずつ、冬が近づく秋です。現場に出て、風が吹く夕方、特に感じます。

 先日、ほぼ日で糸井さんが、季節ごとに合った働き方のことを書かれていました。

昔はよく、農閑期の出稼ぎと言われたけれど、現代の場合は、冬には冬のペースで、

夜長に考える仕事をしたり、夏は朝早く暑くなる前にしかしないとか。そう考えると

人それぞれ様々なモチベーションで、事に当たれるなあ。幅が広がる感じがします。

 お篭りをして、仕事の精度を上げることに集中するとか、柔らかなテーマで本を探して

デザインのきっかけを得るとか。ことこと煮込む料理のように、働くことが、

これからの季節には、合っているようです。さっそく、今日の現場から戻ったら、

ゆったりとスローペースで試してみることにしましょう。

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そろそろの日

11月も早や二週目。野球の熱中から覚めると、今年の残りが気になります。

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 師走前に、仕事のめどをつけて落ち着いた年末を迎えたいのが人情というもの。

人間さまは、いろいろとやることがありますが、犬たちは自然体。散歩&ご飯の日々。

うらやましいですが、人より早く人生(犬生)を駆けてゆくのだから、面倒は見るよ。

 だらりとした日常をおくる犬を横目に、そろそろペースをあげてupwardright

出来るだけ、現実をこなして、美味しいお酒を飲みたい今日このごろです。beerwine

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勇気と覚悟の原野球

WBCから始まった野球の季節が、巨人の日本一で終わりを告げました。

野球小僧、もとい野球中年にとっては、来春の開幕まで長いオフシーズンです。

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 選手が伸び伸びとプレー出来るために、原監督がしたこと。

「起用した選手にたいして、結果その責任を取る勇気と覚悟さえあればいい。」

 勇気と覚悟、人がなにかを追い求めるとき、必要となるもの。

指揮官として、人の上に立つ立場で、勝負事というのは言い訳ができません。

言葉で選手に伝えることと、先を読み、策を練ること。亡くなられた、藤田元司監督の

もと、活躍した選手が、指導者として、人の上に立つ、現在の原野球。

すでに、次の闘いに向けて、切り替わっているのが、すごいと思います。

 勝負の世界で、連綿と続いてゆく「勇気と覚悟」。すこしでも、自分に置き換えて

前向きに、「あきらめずに」年末を迎えます。日一日、新たに。baseball

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 月が白球に見える好日。

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オンとオフの境目

現場に出て、戻って図面を書き、案を考える。三つを同時に進めるのは、

マイナスかというと、そうでもないのです。一つに集中していて、ふと別の件の

答えなりヒントが見つかることもあります。

 ただ、やはりオンの状態は長くは続かないものなので、兼ね合いが難しい。

ひと月ぐらいが目安でしょうか。平均点をupwardrightにするには、わずらわしさから

距離をとる心持がいるようです。

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 対象からすこし離れて見るのには、まず体の疲れをとることが要ります。

アタマを回転させるには、まずなにも考えず、睡眠スイミン。

 と、寝るのは簡単なのですが、仕事に集中していると、真夜中にぱっと目が覚めて

考え始まってしまうことがよくあるので、それも考えものです。

 原監督が、お父さんから「考える時は起きて考えろ」と言われたと聴いたことがあります。

大事なことは、背筋を伸ばして、しゃきっとした姿からしか、きちんとした答えは

出てこないような気もします。

 こっちの方向ならうまくいきそうだ、というのは直感です。ただ、その答えを

相手が必ず選ぶとは限らない。オンとオフの境目は、うまく廻っている時には、

意識しません。自然とリラックスして。仕事が来るときも、ある日突然だったり。

 偶然という必然。オンとオフの境目に、出会うものだったりするのかも。

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 とりとめのないことを考えていると、自然と眠たくなるようで。sleepy

寝ないうちに、現場に行ってきまっす!

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内助の功犬

つくづく野球はおもしろいものだと思います。一球の行方に、一瞬、時が止まる。baseball

見ているほうも、呼吸が浅くなり息苦しくなるような。今年は長く白球のドラマが見られます。

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 自営業に限らず、自助の努力以外は当てになりません。

ただでさえ、不確実な仕事を少しでも、スムーズに運ぼうと毎日が「平常心」との闘い。

 昔は一歩下がって、内助の功というのが、美徳でした。

最近は誰も彼も、自分がお先を標榜しているかのようです。

言ったもん勝ち、宣言したほうが勝ち。立ち止まることさえ、認めないかのように。

 無名の民であり続け、やることをこなして、懸命に考える。

いつの日にか、これでいいのだ、と言える日まで、犬の相手をしつつ歩きます。

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イタリアの風景10 イタリアでリタイア

木枯らしが吹く季節がやってきて、wine新酒の解禁も控える季節です。

 旅で訪れた場所、今はどんな気候でどんな風が吹いているのかと

想像してみる秋の夜長。やはりレストランのメニューに思いを馳せることにrestaurant

 秋のイタリア、食材紀行などという番組のレポーター役、あったらいいのに。

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 ないものねだりついでに、生涯現役を目指しつつ、もし恵まれた老後などという

ものが、もし訪れたら、イタリアでリタイア。「トスカーナの休日」のダイアン・レインと

美味しいwine 夢見るのは勝手です。

 イタリアの風景10回目は、ベタなトレビの泉にスペイン階段。

写真からは、近くの江ノ島を思い出している、失礼な奴がここにはおりました。

 いつでも、夢を。次回はスペインへのたびたびの旅です。

 初めましてさん、コメントへのお返事に代えて、ありがとうございました。

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粗末にしないこと

朝晩の冷え込みで、空の色が段々と鮮やかになってきました。

そろそろマフラーと手袋が必需になります。

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 私たちの育った時代は、日本が豊かになってゆく昭和でした。

その世代が親になり、人の命さえ粗末にされる時代になっています。

 親の世代が、ものを粗末にしてこなかったのに、私たち世代はしています。

環境やものを大切にを言う前に、廻りの人たちの心根を粗末にしないこと。

 閉じない心を、自前に用意して、ことに当たる素直さを持ち続けようと願います。

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 日々使う言葉に、気遣いを。

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