なにげなく強制終了したPCが立ち上がらなくなって、一日格闘しております。
いまだ、XPだったので7のノートPCにそろそろ移行させようと思っていた矢先。
チェックしたハードディスクは壊れていないようなので、不具合が直れば復活するようです。
XPは回復させるサポートがフロッピーディスク6枚、そのままではドライブがないので、
CDに焼かなければなりません。サイトで検索して、ひとつひとつクリアーして
なんとかCDを作って回復コンソールまではたどり着きました。
文字入力する画面で、進めては行きますが、最後のところで振出に戻る。
一喜一憂する五月の故障日。ご機嫌ナナメのお天気と同じようにナナメっています。
皆様、どうか御機嫌よう。晴れぬ空の下、晴れぬキモチのまま、現場行ってきまっす!!
午後になって強くなった雨。花散らしの春雨になりました。我が家の庭にも、
ちらちらと舞い降りる花吹雪。花の命は短くて、はかないものですね。
これからの鎌倉は、五月の連休まで、新緑の季節が始まります。
緑濃くなる手前の、凛凛しい緑。生きる力そのものです。
早くなった朝焼けに、いまだ身体が追いつかず、すこしモヤっとしています。
生まれて半世紀。という言葉が友人からの
にもありました。
季節より早く、季節を先取りしていた時期は遠く過ぎていきます。
そのぶん、月の満ち欠けや風の音、潮騒にココロの奥で反響するかのように、
だんだんと変わってきました。自然にそうなっていくもののようです。
このところ読み返していた手塚治虫さんのブッダと火の鳥。
そのなかに繰り返される、輪廻というテーマも、昔よりしっくりくるようになります。
谷戸の桜。また来年もどうぞよろしくです。
今年は、桜をおくりながら、ずいぶんとしみじみする季節です。![]()
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桜の季節の訪れを、あれほど待ち望んだはずなのに、どこか浮かない気持ちの有様。
巡る季節に永遠性を想う、長い冬を長く感じていた先日までとは、ココロの在り方が違う。
そんな気分のまま、どこか上の空で過ごす今週です。
材木座六号橋のボックスカルバートが切り取るいつもの風景。
春の明るさとはいえ、すこしココロがクローズしているのは、歳のせいかしらん。
身辺で起こることや、人が話す言葉には、聞き流すことが出来ないことがありますね。
昔はスルーしていたことも、気にかかるようになるのが、すこしは大人になったこと。
人生いろいろ。機微がだんだんに身に染みてわかるのも、妙と言えるのでしょうか。
花の色合いの妙が、やけに目に届く季節でもあります。
いつもと変わらぬ、穏やかな春の潮騒。かけがえのないその音が、
なぜかすんなりココロに響かぬ、砂浜です。
考えても変わらぬこと。しかし、いろいろと想うのも、たまにはいいか。
らしくない、と独り言。波につぶやく朝のようです。![]()
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春一番というより、春の嵐に降り込められる週末。犬は我慢の限界から脱出し、
うれしそうにぐるぐる廻る日曜日の朝でした。散歩が生きがい、単純です。
ロバート・キャパの本のタイトル「ちょっとピンボケ」ならぬ大ボケ?
景色が靄ってピンボケ、アタマもすこしお疲れ。ボーっとリラックス。
コレハコレデ、ピンボケ日和です。
もともとの近視、乱視に加えて老眼が参加?して、眼鏡をかけてもピントがあわず
外してもあまり変わらない、ピンボケ人生です。
なにもかも追求したり、デジタルにクリアーに暴くかのような世の中。
ご隠居のように、すこしピントを外したほうが、丁度良いのかもしれないなぁ。
春霞、そんなに慌てずにゆったりと過ごしたいものです。
明日は春分。今年は、穏やかな春でありますよう。
春色の空は、薄い水色。谷戸では鶯が鳴く練習をする週明けです。
よい、一週間をお過ごしください。![]()
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柄にもない文章を書いて、らしくない感覚を持ちます。時には、それでもいいか。
自分から進んでやったこと。というものは、失敗しても納得出来ます。
反対に、成り行きで仕方なくしたこと。は、嫌になることが多く、引きずることにもなる。
ねずみのひげは、ものに当たったときより、近くのものに自分から触れたときの
アタマの反応が数倍強いと聞きます。それと同じことが、私たちの日常にもある。
どうせ同じようなことをやるなら、何事も積極的に、能動的に動くようにしよう。
先々を見据えていることで、先回りして物事に当たっていれば、厭々と消極の
行動にはならないと思います。
明日が普通に来るとは、誰にも確かなことではなく、だとすれば
すこしでも「こうしよう」が増えていけば、あとで嘆くぶんが減るようになる。
まったく後悔しないことは、そんなにないから、自分から動こう。
おおげさなことではなく、普段着の毎日から。![]()
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雪のおかげで、塵が吸い取られて空気がとても澄んで気持ちがよい。
花粉とか埃が、雪の白さの元になっているのは不思議です。
朝の蒼さと、凛として爽快な冷気。ココロが洗われる弥生の始まり。
今月はいいことがありそうです。![]()
飛行機雲が、放たれた光の矢となって東の空を進んでいきます。
ここ数年で、ようやく時間と空間の質に対する感覚がつかめたようです。
若い頃は、図面と現場の整合性を計るのに精一杯。
空間は考えられても、時間の流れを相手にすることには覚束無かった。
建築は時の経過に晒されていくもの。陳腐なデザインやいい加減な仕事では、
かけた金額にも見合わず、粗大ごみと目に映っても仕方がない。
いまさらながら、設計者の立場を考え始めています。
毎朝の海辺の景色は、大きな空間として眼前に広がっています。
この広がりを、どう小さな空間に映すのか。気持ちのよい空間は、
ほどよい狭さにもあります。自然の大きさに合わせた、自然な小ささを。
その場所に流れる時間。疲れたココロでも、なぜかゆったりと
安らぐことの出来る空間。まだまだ、やるべきこと。考えられること。
それはそれは、たくさんあります。よい、週末を。
も、どうぞよろしくです。
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